長野県上田市 聖マリア幼稚園のホームページ

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園長先生のお話

 

~無駄な時間に価値がある~
                     小松 瞳
 
渡辺和子著「どんな時でも人は笑顔になれる」の中から、皆様に読んでほしいところをそのままご紹介します。
 
『私には、物事ののみこみの遅いところがあります。しかし一旦のみこむと、仕事はわりに速いと思います。その私が忘れられないのは、母のこんな言葉です。「和子、速いばかりが能ではあるませんよ。あなたの仕事は速いけれど、ぞんざいです」そういう母自身、決して手の遅いほうではなかったけれども、母が縫ってくれたものは決してほつれなかったし、母が結んだ風呂敷包みは不思議に途中でほどけるようなことはありませんでした。何かそこには年季がはいったものと同時に、心、愛情がこめられていたのだと今になって思います。
星の王子さまは地球上に何千本と植えられているバラの中に、自分が星に残してきたのと同じ花をみつけることができませんでした。いぶかる王子にキツネが言います。「君があのバラの花を大切に思うのは、そのために時間をつかったからだよ」面倒に思いながらも水をやり、虫を取り、風よけを作ってやった時間は、いつしか、王子とバラの花との間に愛情を生み育てていました。
お金にならない時間、得にならない時間、その意味では無駄と思える時間の中にしか愛情は育たないということです。
スピード至上、インスタント万能の世に、待つことのたいせつさ、無駄な時間の価値を説くこと自体、時代遅れ、見当違いとは言われるかもしれません。
しかしながら、待たないですむ人生などありはしないのです。そうだとしたら、待つことの意味もしらなければならないでしょう。
「急くことは、お任せしていない証拠」と、かつて、あるお坊様に言われて耳が痛かったことがあります。何もかも自分の思い通りに、思い通りのスピードで運ばれるはずだという思い上がりを正していただいた瞬間でした。』
 
愛をこめた時間は、無駄にはならない。
速いばかりが能ではない。費やした時間には愛情が宿り、育っている
 
 ままならない人生だからこそ、人間としての分際を知り、他の人に寛容になれる。
   不完全な人間の寄り集まる社会で、神様でもない自分が、すべてを思い通りに生きられるはずがない。
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今現実に起こっていることが、本を読んで解決することではありませんが、「待
つ」ことと「時間」について考えさせられました。また気持を休ませることや
一瞬でも穏やかになれる時間が一日の中に、ほしいと思うのです。
 
思い通りにならない時に大切なことは何かを、皆さん!考えましょう。